急行列車(未来山脈第341号より抜粋)

急行列車

顔を見るなりもっこり起きて満面の笑み 九十歳の姉
福知山 東山えい子

農政局と役場から何故田に稲を作らない 金になるなら作ります
木曽 古田鏡三

今年はじめての揚げ羽蝶 誰の化身か懐かしくあれこれ語る
諏訪 関アツ子

運動会のプログラムが雨雲と共に進む てるてる坊主に願を掛ける
伊那 金丸恵美子

砂時計さらさらという音もなく 滑り落ちてゆく時間のかけら
諏訪 大野良恵

汗落ちて扇風機では役たたず クーラーに代えて涼しさを呼ぶ
小浜 川嶋和雄

夏の終わりを告げるごとく蟋蟀が草むらで夜どうし鳴く
諏訪 宮坂きみゑ

赤トンボを見た 秋が来ている 何もしないうちに反省の秋を迎える
東京 上村茗

未熟児大人の隷従思考では困りますよねお国の政治が
藤沢 篠原哲郎

一つ二つあとはメニーで足りていたむかし 人の貌はシンメトリー
笠間 赤木恵

朝ドラ「ひょっこ」と同じ時代を過ごし懐かしく見ている
米子 笹鹿啓子

このあいだ生まれたばかりと思ってたもう三歳が声かけてきて
札幌 石井としえ

暫暇をとって旅に出るとはりきる君は輝く二十六歳
長野 岩下元啓

戻り梅雨に頭垂れていた額紫陽花待ち侘びた雨に濡れ活きいき
諏訪 百瀬町子

ペースメーカーにたよる友連絡先をいつもしのばせている
奈良 木下忠彦

義兄が突然旅立った 処置室に入るまでは義姉や娘と言葉をかわしていたのに
米子 稲田寿子

一度でなく何度か使うも供養かと割り箸捨てずソーメンすする
豊丘 毛涯潤

断捨離を始める七十八年分の取捨選択には男気要り
北九州 大内美智子

自家製の種から育てた黄色い花オクラが日をあびて咲き出した
飯田 中田多勢子

掬い取られたノートの余白の中に潜んでいる遥かな記憶は
札幌 西沢賢造

足の怪我が治ると信じていたのに完治せぬまま登山ツアーに参加する
米子 安田和子

歩くあるく歩いた三時間歩く 一匹の猫に会うニャーオ
千曲 中村征子

作業場で毎日聞く鶯の声と年に何度か聞くトッキョキョカキョク
東京 鷹倉健

旅の思い出一個鉢から芽吹き眩し名はとりあえず「小笠原君」
愛知 川瀬すみ子

北川京子様 北川家のおじょうさまとしてめでたくごたんじょうを
鹿沼 田村右品

Jアラートの騒ぎ余所に蝉は宙を仰ぎ長い口吻胸に虫の息
諏訪 河西巳恵子

こんなにも疲れた夕辺は三日月さまに腰を掛けて一服させてください
横浜 上平正一

半日の上陸に胸ふくらます客船クルー 円札にぎってどこに遊びに
大阪 山崎輝男

「夏がすぎ風あざみ」以下六小節 合唱コンサートでソロ担当
大阪 加藤邦昭

水戸「風の会」歌友の便り「二〇一七年六月二日で終わりました」と
東京 及川かずえ

言った事が振られて戻って来た 伝える事のむずかしさ噛み締める
茅野 伊東里美子

こんばんは四十七歳独身です 売れないもの書きをしています
青森 木村美映

うす紅色に朝顔の花ひらく恋する人の耳たぶに似て
富田林 木村安夜子

コンバインで刈り終わる田んぼを横目に湿気た藁が宙にぶら下がる
群馬 剣持政幸

タンスの中に褐色した成績表の束 母は十代の私をのこす
天理 坂井康子

朝八時時報のごとくに雷鳴 いのちいっぱい生きるぞ
岡谷 唯々野とみよ