急行列車(未来山脈第335号より抜粋)

夭折した生粋の神戸っ子と自称の夫と天井川を行く 春の夜の夢
大阪 井口文子

節分は母の誕生日 恵方巻き一本ずつ分けて鬼は追わない
松山 三好春冥

今は自分とたたかい日々を生きる 前しか行けない人間 少し頑張ろうか
東京 上村茗

姉の死の報に急ぎ故郷へ 懐かしい山々も靄の向こうに隠れて
さいたま 山岸花江

寒風に逆らって天を刺す 梅の小枝のあかい意志
岡谷 唯々野とみよ

「明日教会へ行こうよ」と従兄への電話は毎土曜日の私の日課になる
大阪 加藤邦昭

米粒ほどのチャレンジが背中を押している あしたも生きねば
富田林 木村安夜子

留学の女孫が三月三日に帰国すると電話 お雛様を飾る
諏訪 松澤久子

鏡の中の顔は誰口角を上げて不たしかな笑みを浮かべて
藤井寺 近山紘

朝六時 甘酒お茶すりりんごの食事夕方四時の腹部のCT検査に備えて
坂城 宮原志津子

両親祖父母の青壮年期は屈辱と貧困を生き延びるだけの精進だったと
藤沢 篠原哲郎

好奇心で一日を満たす私にそれが元気の源だと夫は真顔で評す
米子 大塚典子

その価値を知られることもなくただ刻まれて薪にされる古材
滋賀 岩下元啓

カーテンを開けると朝日は見えるのだから重い蒲団を身から剥ぐだけ
諏訪 藤森あゆ美

福祉と母親を卒業し足りなかった時間が今余る
北九州 大内美智子

十四名で台北山登りツアー 苦労惨憺ついに敢行
奈良 庄司雅昭

あ いるいる起き抜けの畑にまるまって草を引く十五からの友
福知山 東山えい子

たわむれに有名店を食べ歩き勝ってると思う隣の弁慶 新そば
愛知 川瀬すみ子

時の過ぎる早さカレンダー一枚捲る明日は亡夫の命日 墓参に行こう
岡谷 堀内昭子

あけない夜はない 叱咤激励自分に言い聞かせポジティブに生きよう
岡谷 林朝子

すがりつかれて振り落とす「未熟ね」とこどもに言っても無駄だから
下諏訪 中西まさこ

ガン発病から十二年目を迎える親友 神の恵みとあわれみの賜物
岡谷 佐藤静枝

いぬふぐり咲く道をウォーキング自分の体は自分でしか作れない
茅野 伊東里美子

何かしら誰かと話してみたくなる会議あった日ひぐれの窓辺
札幌 石井としえ

名も知らぬ小鳥がテラスでチチと鳴くコーヒータイムに彩りそえて
大阪 鈴木養子

早朝散歩の帰り突然女子中学生にあいさつされて気分が真っ直ぐになる
岡谷 竹村雅志

一日を大切にしようと思いつつ過ぎた時間の驚き 今年も早や3月
塩尻 小池和夫

友の訃報お父さんお母さん長生きしてと娘言う
諏訪 宮坂夏枝

春風と共に届いた園児たちの声誘われて外に出る
岡谷 百瀬豊子

敗残八年の冬 大和室生寺の山門くぐるも一人の観光客もなかった
各務原 加藤昇

空気がいい山がいい自然がいい静かに味わえることがいい
木曽 古田鏡三

桜のつぼみも喜こぶ暖かさと思えば雪が草花をすっぽりおおい縮む
岡谷 伊藤久恵

もう何も失うものとてない白いボールがはずんだ思い出
札幌 西沢賢造

あっけなく逝った人の心の在処おもえば残生の焦りしきり
諏訪 関アツ子