エッセイ

光本惠子のエッセイ

光本恵子の選ぶ歌

光本恵子の選ぶ歌

二月号より

・やさしさの裏にある毒針は見えない 刺されたものだけが鋭い痛みを感じる
長田惠子

・溢れそうな新雪に支えられて大天井岳の斜面を満月が転がっている
金井宏素

・年用意の記録も携帯だ君の時代は終わったと言われたようだ
木村浩

・大晦日生まれの息子 毎年たくさんの人に囲まれロウソクを一吹
佐倉玲奈

・参道に立つ影動かず行く先を汚さず歩むすべを探るか
木下海龍

・よき事も悪きこともあったけどなつかしき夫との六十年の歳月
稲垣嘉子

・時を待てそのうち気分晴れるのさ それは何時かは分からないなり
今井和裕

・雨の日の黄色も良いなイチョウ並木この町で生きてく私の明かり
川瀬すみ子

・人も死んだが熊も死んでそれで五分五分という世界かよ
毛利さち子

・K原潜アジアの海にレアアース放射線網霊長捕り込み急ピッチ
桃谷具久夫

・生バンドに若者たちの笑い声サンタンジェロに私も踊る
中西まさこ

・母の死を縁にきっぱりタバコを辞めた ニコチン欠乏苦悩今いずこ
山崎輝男

・箕面の猿も飽きたので鹿を見に久しぶりに奈良の若草山に行く
加藤邦昭

・特急に飛び乗る我を目で追って改札口で手を振る君
藤森あゆ美

・スーパームーンだったと翌朝に知って胸には寂寥の光が弾けるだけ
街川二級

・一日をふり返り空を見上げれば後悔が瞬いている
中村宣之

・引っ越してきて地植えしてみたアブチロン根をめぐらせて赤く笑う
別府直之

・水面に映る赤や黄色 水の子どもがキラキラ輝き踊り出す
森樹ひかる

・我家のプランターに植し白色の綿の花実が熟し弾けおり
鈴木那智

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昭和初期の口語短歌

昭和初期の口語短歌

光本恵子

清水信歌集「朝刊」を読む

清水信歌集「朝刊」は昭和十一年(一九三六年) 三月に刊行している。

清水の歌集「黎明を行く」(大正十四年)、「新陽」 (昭和三年)、「煙突」(昭和四年)、「都市計画」(昭和七年)につづく第五歌集「朝刊」である。清水信は明治三十三年(一九〇〇年)五月十八日に奈良の大和郡山市に生まれた。大正十二年には口語歌誌「郷愁」を創刊し、早くから口語自由律を主張する。その後、印刷業をしながら「短歌建設」を創刊し「短歌科」と改名し、「作歌」と変更。このころ、清水は金子きみと東京で会っている。この昭和十一年には 「新短歌クラブ」が結成された年でもある。 (さらに…)

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かつての岡谷の街

連作の効果

今、三枝弓子さん、三澤隆子さんが中心になって「岡谷」では未来山脈の短歌会がいくつかある。その岡谷の街の製糸でならしたころの面影を辿ってみよう。

製糸の町・岡谷

煙突はうたう

・無表情に突っ立つ三本のえんとつ街の変貌には冷ややか

・煙を吐かなくなって久しい煙突 製糸時代は俺の天下だった

・無用の長物と言われながら煙突は生き長らえて湖の街を見下ろす

・朝の逆光に黒い煙突 生糸紡ぎの名残りと知る人も少ない

・もくもくと吐く煙で欧米のおんなの足を包んだ絹のストッキング

・圧制の象徴でもあった赤い煉瓦の煙突 戦禍を逃れ生き残る

・青空に立って権勢を誇った煙突 老いて雀と戯れる

・赤煉瓦の煙突は胸を張り一世紀を空に立ち続ける
(光本恵子第四歌集「おんなを染めていく」から) (さらに…)

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やさしいことば

最近NHKラジオから聞こえてくる「やさしいことばニュース」にわたしは感動をおぼえながら聞き入っている。

難しいことを易しく説き書くことは大変な能力だ。物それは事をよく理解していなければできない。

近頃は、簡単に、スマホが応えてくれて、判ったように思い込んでいることが多い。

実際には少しも解っていなかったとか、曖昧にわかった振りをしていたことに気づかされるのである。

生きていくことは「不思議」が増えていくことであり、特別にわたしは物覚えが悪い。ものごとを記憶するのに、理屈をつけないと憶えることができない。受験期のころからそうであった。丸暗記ができないのだ。結局時間をかけて時代背景を知るとか、理科も実験してなるほどと思わなければ脳裏に刻まれない。

ようやく納得すると後は決して忘れない。 (さらに…)

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中秋の名月ってなあに

中秋の名月ってなあに

暑かった夏もおわりに近づき「中秋の名月」がられる日も近い。地球に住む私たち、特に日本人は日本人は月への思い入れが強く、古くから月のことを歌い継いできた。

  • 月の下の光さびしみ語り子のからだくるりとまはりけむかも  (島木赤彦)
  • 月に映えるすすき はかなげにしなやかに逆光に立つ  (本恵子「おんなを染めていく」

暗い夜空に神秘的に輝く月を見るのは、人間の感情に訴えるものが多いのであろう、昔から月を織り込んだ物語、詩、歌は枚挙にいとまがない。 (さらに…)

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人生の伴侶 ―自由律短歌―

人生の伴侶 ―自由律短歌― 光本恵子

人生は一瞬一瞬という点を宇宙の空間にきざむ時間の連鎖である。短歌はその連鎖の断面を活字にして捉える。どこを切り選択するかが、その人の詩的な感性ということになるのだろうか。

八ヶ岳の稜線から顔をのぞかせ、朝日が昇るわずかの時間。

その宇宙の闇が割け紫の光が流れ、しだいにぼっかり口を開いた隙間から赤い血潮のような光がこぼれてくる。ステンドグラスに反射するように縦横に放射して、血潮は銀色から黄金色に変わり山から湖水まで広がった。水面はきらめいて、動く度にキラキラお喋りを始める。しばらく、その場にたたずんでいると、奮いたたせるような感動と喜びが交錯してあっという間に明るい朝がきた。闇から光に変わる瞬間に幾度遭遇するのだろう。出会うたび、人は豊かになっていくのだろうか。 (さらに…)

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西村陽吉と口語短歌  ―― 長嶋茂雄選手の妻、西村亜希子さんとは

西村陽吉と口語短歌

――長嶋茂雄選手の妻、西村亜希子さんとは

光本恵子

日本のプロ野球界の長嶋茂雄が亡くなった。確かに日本のプロ野球をここまで育てたヒーローである長嶋茂雄。今回はその妻の、西村亜希子さんの祖父の話をしよう。
亜希子さんの祖父というのは口語短歌では忘れられない人である。
一九六四年、昭和三十九年、東京ではオリンピックが開かれ、そのコンパニオンとして、語学に堪能であった亜希子さんも参加し活躍。当時巨人軍の選手であった茂雄が一目ぼれ、知り合ってその年の十一月にはスピード婚約、一九六五年一月二十六日、渋谷のカトリック教会で結婚式を挙げたという。わたしは鳥取から京都の大学に進んだ年でもあった。この年から、宮崎信義の「新短歌」に入門し口語歌を始めた私は、長嶋の射止めた亜希子さんの出自を知ることとなった。
長嶋の妻となった亜希子さんの祖父は、明治末から大正昭和と、口語自由律短歌を切り開いた人たちの一人である西村陽吉。 (さらに…)

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前田夕暮の「詩歌」は定型律から口語歌へ

前田夕暮の「詩歌」は定型律から口語歌へ

昭和四年(一九二九年)十一月二十九日、四人の歌人は、朝日新聞の飛行機に乗った。土岐善麿、斎藤茂吉、吉植庄亮、前田夕暮の四人は東京上空を飛び、空中競詠を試みる。その衝撃は今までの文語定型では表しきれるものではなかった。その折の短歌を、「四歌人空の競詠」として発表したのである。

・いきなり窓へ太陽が飛び込む、銀翼の左から下から右から

(土岐善麿)

・一瞬一瞬ひろがる展望の正面から迫る富士の雪の弾力だ

(土岐善麿)

このときから、善麿は口語自由律短歌に変わっていくのである。

・自然がずんずん体の中を通過する。山、山、山!

(前田夕暮)

前田夕暮の短歌は植物や小さな生物、子供に対して骨太なやさしさが感じられる。『原生林』までは定型短歌が多いが、昭和四年以降は口語で自由律短歌。

次の歌集『水源地帯』(昭和七年刊・白日社)からは口語自由律短歌になっている。

・夜、眠ろうとする私の旅愁のなか ― 奥入瀬が青くながれはじめる

・あけつぱなしの手は寂しくてならぬ。青空よ、染み込め

(前田夕暮「水源地帯」)

この日以来、前田夕暮は、短歌の形にも今までの形にこだわらぬ、もやもやしていた気分を一掃して、文語定型(五七五七七)の世界から脱出を計るのである。
結社誌「詩歌」の会員を率いて文語定型から口語自由律と代わっていった。
宮崎信義は、彦根中学時代に平井乙麿の勧めで短歌一五首を作成。昭和六年には横浜専門学校に進み、前田夕暮の主宰する白日社「詩歌」へ入社。「詩歌」十二月号には

・九月の朝の太陽が生きることの歓びを味合わせて黒光りにみがかれた靴

(宮崎信義十八歳の歌)

矢代東村の選で初めて作品五首が載った。

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大正時代(一九一○年代)のころすでに口語自由律歌の挑戦が始まっていた

大正時代(一九一○年代)のころすでに口語自由律歌の挑戦が始まっていた

光本恵子

口語化への試作の時代

土岐善麿は早稲田時代、島村抱月に師事した。美学の専門でドイツ、イギリス留学から帰国したばかりの自由な思想を持つ教授であった抱月に学んだ土岐善麿と同窓の北原白秋、若山牧水は、抱月から自然主義を学びその影響を受けているといわれている。坪内逍遥に次期総長と期待された島村抱月は、結局、松井須磨子と愛の果てに若くして病死し、大学の期待には添えなかったが、演劇界に一矢を放っただけでなく、多くのロマンを持った弟子を育てたといえよう。 (さらに…)

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光本恵子の選ぶ歌

・少子化や高齢化で働き手は減るばかり 社会の軋があちこちに
木下忠彦

・幼い頃の悪夢がこれだ 暗黒に自分のカラダがひろがってゆく
小坂泰夫

・きれいね きれいよ 白髪がとMさん がくん欅の葉ざんざ時雨れる
河西巳恵子

・限界集落の山村でお札を配る 心が洗われる思いする
岩下善啓

・「子供を誘拐した。身代金を送金して」心を乱す邪悪な詐欺メール
大野良恵

・半ペンの煮つけを肴に一杯の酒ああ身体に染みるぜ外は粉雪
市川光男

・朝日に喪中葉書を出し終えて師走の心一つ鎮まる
貝沼正子

・自動車で若狭街道突っ走る 広がる稲株ひつじ田一つ
川嶋和雄

・筆ペン教室の手本書き外せない辞書 私の学びの時間
角田次代

・夫の後追い歩調合わす寒い朝 霜柱ガサゴソ坂道つづく
桜井貴美代

・伴侶を亡くし涙する旧友ここにも前に進めない人がいる
佐藤靜枝

・暮らしという大河の一滴を歌うブルーインクで描く明けの海
須藤ゆかり

・天井のクモが蠅を待つように私も何かを待つ 床に転がりながら
酒本国武

・三月生まれの女性は気まぐれ 誕生日は選択できず 彼女は三月生まれ
清水哲

・大筆の大きな一の字を書いた様な雲浮かんでる今日のそら
鈴木那智

・十二支かるたで婆婆ぬき十二支に入れなかった鼠に負けた猫が婆婆
中田多勢子

・何かにつまづいて苦境に落ちるほんの一寸した油断が深みにはまる
近山紘

・坂の所で乗車人数が多いと進まなくなり皆が降りて進めたという
安田和子

・雑煮餅思い切り長く伸ばして口に入れ私の今年の事始め
高木邑子

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