齋藤史のうた -歌集『うたのゆくへ』と『密閉部落』から-
- 2019年8月1日
- エッセイ
齋藤史のうた -歌集『うたのゆくへ』と『密閉部落』から- 2019年7月30日
この二冊の歌集は昭和二十年、東京が焼け野原になった齋藤家は先祖の墓がある信州に疎開して、そのまま信州の人となった。史の父・齋藤瀏は軍人でありその一人っ子で育つ。それだけに時には男の勇姿も女の優雅と華やかさの両面を求められて育つ。戦後のものの無い時代の信州に、東京から来たときの侘しい思いは強い。史の上から目線も気になる。
○齋藤史歌集『うたのゆくへ』昭和二十八年長谷川書店発行。史・四十四歳に出版。
昭和二十三年から二十七年の間の作品が並ぶ。
-戦後なほ、疎開地なる千曲河畔の村の林檎倉庫に住む-
- 凍て雪をよろへる岩の意地つよき坐りざまをば見て物云はず
- 山国の意地みな強き在り方をさびしむときにうす雪散りつ
- 冬荒れの野面(のづら)を低く照らし来し灯をやや上げてわれに向けたる
- はげしく多彩な感情に堪へて不安なりマフラも裾も風にはためきて
- 雪道を足袋はかず来て娘のゆかたに厚き足裏のさま
- 零下十六度足袋はかぬ子がつま立ちてたたみを歩くあかきそのあし
- 冷えきりてこたつに入れる子の足の指撫でて居りかなしみ云ふな (〝寒夜〟)
- 農婦にもなり切れねば村境より放たれてまた旅人の黄のカチーフ (魚卵昭和二十八年作)
○齋藤史歌集『密閉部村』(昭和三十四・四季書房刊)。史・五十一歳の出版。
「後記」に史は次のように書く。
-第六歌集です。昭和二十八年以後、昭和四十三年初めまでの作品五三一首をいれました、長野県に来てから十四年。短歌を書きはじめてから三十数年になりますが、いつもあゆみはただよい、背後も行手もぼうぼうと風がふきます-とある。
- ひとよさに葉をふりすてて立つ樹々意志さばさばとすこやかなりき (祝福・昭和三十年作)
- 我よりも長く生きなむこの樹よと幹に触れつつたのしみて居り (同じく)
- 樹液のぼる春の夜にしていきいきと鎖を切りし犬と少年 (同じく)
- 理由なく罰せられるきおとろふる花のあかさ身にこたふるとき (画布・昭和三十年作)
- 記憶の下にたためるものの累積に怖れ持つ夜の低き耳鳴り (作中人物・昭和三十年作)
- 馬いななけば北の原野に置きて来しわが童子期の花ゆれるなり (雨期)