エッセイ

光本惠子のエッセイ

角川「短歌」12月号に光本恵子の「現在をうたう」が掲載されました

「現在をうたう」

 

 

みつめて離さない黒牛の潤んだ瞳は山陰地方の耐えた生き物の眼

光本恵子第一歌集『薄氷』

 

「潤んだ瞳」は真実の眼である。

敗戦の年一九四五年鳥取県の港町赤碕(現・東伯郡琴浦町赤碕)に生まれた。大山の肥沃な国土を生かした農業と酪農でなり三つの村の要となす、日本海から水揚げされた魚を生業とする港町。その町で水揚げされた魚の仲買人の父は酒の販売から乾物物と何でもありの雑貨商(今でいうスーパーマーケット)。母と祖母はそれらの品を使っての料理屋を営んでいた。毎月旧暦の二十八日は海の荒神様の祭りに合わせて、牛市の日だった。あちこち近隣の村からおじさんたちが牛をトラックにのせて、あるいは引いて街にやって来て牛を売買する市が開かれる。高値で競り落とした馬喰たちのふところはあたたか。胴巻にたっぷりお金を詰めて、祖母、母の営む料理屋に集まる。 (さらに…)

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時代を切り取る

社会詠(戦時下のうた)

昭和十六年(一九四一年)十二月八日開戦となった。宮崎信義は昭和十八年三十一歳の時、召集令状(赤紙)を受け、暑い八月の末、門司から釜山まで輸送船で、朝鮮半島から満州を経て天津に。いったいどこに連れていかれるのか、生きて帰れるのか。ここには兵士のさりげない眩き、真実の声のうたである。戦前の歌なので、旧仮名である。
昭和三十年十一月新短歌社刊、宮崎信義の第二歌集『夏雲』から見てゆく。 (さらに…)

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短歌は和歌である

七世紀、西方から中国を経由して論理的な文字(漢字)が入って来ると、今まで話し言葉をその漢字を借りて表記するようになった。そこでお喋りしていた言葉(口承文学という)もふくめて、漢字の音を借りて紙面に残す作業を果たす。それらは「古事記」「日本書紀」「万葉集」とまとめられた。

出雲に近い鳥取の白兎海岸の近くで生まれた私は、隠岐の島に渡りたくて、サメをだまして、丸裸にされた白兎が大黒様に助けられた話をきいて育った。今住んでいる信州諏訪にもたくさんの民話が残る。諏訪族モリヤの逸話も諏訪神社の御柱の話もみんな、それらの古い本に書きとられた。文字として残っている。文字に表現することは素晴らしい。 (さらに…)

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シュール短歌

具象的な短歌ばかりではなく、抽象的で胸の内、心のうち、脳のうちを言葉にしてみると、こうなった。そんなシュールな短歌があっていい。却って心の内をよりよく表現できるときもあり、時間の経過に関係なく、普遍性のある歌になっている場合もある。詩心が深まり、多くの人の共感を促すこともあれば、「何を言わんとしているのか意味不明」として捨てられる場合もある。
ちなみに、シュールとは本来、フランス語のシュルレアリスムの略語で「超現実主義」という意味。一九二〇年代にフランスで興った前衛芸術運動の名前である。
次にシュールな歌を挙げてみることにする。 (さらに…)

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虚構もまた真なり

先回は「短歌は私小説の一端」と述べた。今回は「虚構もまた真なり」と短歌の別な姿に焦点を当ててみたい。
薬もそのままでは?み込めないものも、オブラートに包むと?むことができるように、短歌もフィクションのオブラートをかけると、納得の歌ができることがある。
却って普遍的な短歌となり詩的に深く広くなり、透徹した心の内を吐き出し、自身にも気づかなかった自分の姿が見えてくる。
生活し生きるとは、光と影、肯定と否定、内と外、白と黒、悲しみと喜び、笑っては泣き、その両面、間を行ったり、来たりする感情、命を綴っているのが短歌である。 (さらに…)

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短歌は私小説の一部

短歌は詩であると同時に、私小説の一片のような短歌もあってよい。誰しも一冊や二冊の私小説を書き残したいと思っている。しかし日々せわしなく家庭を切り盛りしながら子育てに仕事に追われている日常では、じっくり小説を書いている時間など無いのが現状だ。短歌はその点、思い浮かんだものをスマホにつぶやき、手帳に書き込み、いよいよ締め切りの時間が迫ったら、じっくり机に向かい短歌を作る。 (さらに…)

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足立公平の歌集『飛行絵本』から

一九六六年刊行の足立公平の歌集『飛行絵本』(デザイン工房エイト製作)は現代歌人協会賞。一九六七年に受賞。
口語自由律短歌で、初めて現代歌人協会賞を受賞した記念すべき歌集である。そこで今回は、足立公平の歌を中心に考えてみることとする。 (さらに…)

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短歌を作ろう

自在に詠める喜び

現在の香港やミャンマーの不自由な国政に怒りを感じる人も少なくない。
日本でも、今では想像も出来ない不自由な時代があった。戦前の日本は、口語で自由に歌を作る人に、定形で文語の短歌を作るように強要されることもあった。
一九四五年(昭和二十年)敗戦によって、世の中は自由になる。口語で自由にものの言える短歌を標榜する短歌誌「新短歌」(「未来山脈」の前身)を、と宮崎信義は立ち上がる。

「未来山脈」は月刊誌です。まず毎月十首歌を作る。それを一年続ける。一年続くと、五年続く。そして十年二十年と。
生きていのちの言葉を刻むのです。
さて「何を詠むか」を考えてみたい。一首ずつ見ていくと、今はやはりコロナに関連した歌が多い。七月号から拾ってみた。 (さらに…)

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短歌の作り方

口語の現代語で短歌を目指す私たちは出来るだけ自由に思いの丈を詠みたいものである。27音から35音程度に自在に歌が作られている。未来山脈6月号から挙げてみたい。 (さらに…)

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今回は短歌の技法を考えてみたい。

☆一字あけについて

短歌を詠むとき、ここは一字あけが好いか、詰めるがいいか、迷う時がある。
基本的には一字あけは、短歌ではあまりしない。それでも一字あけたほうが良い場合がある。
一字あいていることにより、必ずここで一呼吸止めて読み味わう。また、漢字が重なる場合などはどこで一呼吸つくのかわからない、そんなときは一字あけをすることによって、深くその歌を味わうことができる。

・娘よ何が起ころうともお前の人生 暴風雨も明日は晴れる
(光本恵子歌集『紅いしずく』) (さらに…)

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