いのち(未来山脈第365号より抜粋)

太古の夏 そこで聞いた曲だけがときどき浮かんでくる
愛知 早良龍平

日常に闇はひそんでいるけれどアンダンテ・フェスティーヴォの心で生きる
下諏訪 笠原真由美

生命を燃やして逝った蝉せみ 夕焼け空に赤トンボ舞う
大阪 山﨑輝男

自由だ‼ 浮かれていた心が沈む もう夫は帰って来ない
福知山 東山えい子

他人(ひと)との行き来が少なくなり日に日にひとりの実感が増殖する
奈良 木下忠彦

九月になれば暑さやわらぐ元気を出してと思えど残暑が厳しい
岡谷 武井美紀子

雲と話すもいい花達と唄うもいいそして黙って人といるのもいい
諏訪 松沢葉子

草むらに鳴く虫のコーラスと冷ややかな風で夏も遠ざかる
諏訪 百瀬町子

梅が咲き水仙が咲き鳥が唄う 春っていいなあぁ みんな元気だ
箕輪 市川光男

人目引く一筆寺の掲示板 心に留めて我以外はみな師匠
諏訪 伊藤泰夫

ぎこちなく背中にリュックのデビュー 視野高くなりるんるん
岡谷 金森綾子

高音が出なくてもはずれてもよし 友と思いきり歌えば気分爽快
岡谷 片倉嘉子

定期検診を前に体重増加を心配しつつ過ごす食欲の秋ついぱくぱく
米子 稲田寿子

紫に色付き始めたチェストベリーの花房 梅雨明けの空に映える
岡谷 柴宮みさ子

吾庭のあじさい見頃の隣に萩の花咲くを見た梅雨の明けた日
岡谷 三澤隆子

傷が癒えなくもリハビリに励む夫 手を抱え病院の廊下を二人で歩く
岡谷 横内静子

徘徊し深夜警察署に迎えに行った 煮豆上手は忘れない
北九州 大内美智子

密かに連れ出してくれる散歩 分譲地の畑にズッキーニの大きな葉
諏訪 河西巳恵子

柔順な土が待つから日課として山畑に出る わたしのマチュピチ
岡谷 土橋妙子

雨合羽に傘持参 赤い長靴を履き予約のバスの旅は豪雨の地に向かう
米子 笹鹿啓子

剪定をしたり肥料をやったり たくさんの花をつけた玄関先のサルスベリ
流山 佐倉玲奈

まどいながら発信した処女歌集 すこしずつ色づく
富田林 木村安夜子

綺麗に刈った夕暮れの芝生に川風が涼しい 秋だ
太田原 鈴木和雄

月日が過ぎるにつれ山手線のラインが少しずつ細くなる
仙台 狩野和紀

張りつめた一本の糸たゆませて今週の業務をデスクに置く
諏訪 藤森あゆみ

食欲のわかぬ夏の夜カクテキの真赤な辛さ味覚をさます
一関 貝沼正子