いのち(未来山脈第374号より抜粋)

起こりには(硝子のコップが落ちた)音 張本人から傷つくための
愛知 相良龍平

りんご園の自販機が売る布マスク赤いドットの一つ購う(あがな)
一関 貝沼正子

古い手紙はダンボール五つ色あせた本は三百冊 古希の断捨離
松山 三好春冥

従兄弟が畑を耕しに来てくれる胡瓜やトマト野菜の葉は青々
岡谷 佐藤靜枝

ひと月休むと自分で決めたFB(フェイスブック) 旅の写真など投稿したいが今は自粛
下諏訪 須賀まさ子

変なの うるさがり屋のわたし蛙と鳥がゴッチャに聞こえる
千曲 中村征子

多芸多趣味の人生を送った知人の夫は七十五歳で旅立ったあまりにも早い
米子 稲田寿子

色さめた夕焼け雲と月が浮かぶ今夜の空は
茅野 平澤元子

山紫陽花に寄り添うライラック 雨の中ひっそりと濡れて咲く
岡谷 花岡カヲル

給付金を手に我慢したものひとつずつ ためらわず買える快感
諏訪 大野良恵

コロナ禍で日々の暮らしに暗雲が先行き分からぬ世界の未来
原 桜井貴美代

満ですよ五羽の子燕巣から落ちそう押し合いながら餌をねだる
原 太田則子

はるちゃんの鯉幟 元気いっぱい青空を泳ぐおよぐ
はら 泉ののか

我が家の道のまん中にポツンとさいた小さなワイルドデイジー
原 森樹ひかる

今年も嫁から娘から届くはなやかな母の日の花心遣いが胸にしみる
岡谷 武井美紀子

要介護にお世話になるも気恥ずかしい 人様の面倒も見ないで
茅野 名取千代子

遅日 感じる夕ぐれに 夏のおとずれがすこしずつ聞こえる
鳥取 小田みく

格差社会の底辺の娘がいう私にまで十万円くれなくてもねと
大阪 高木邑子

緑がそよぐ春がきた百姓も始まった竹の子さん顔出せや
木曽 古田鏡三

コロナ緊急事態宣言から解除まで 長かったひと月半
諏訪 宮坂夏枝

「隣の芝生は青い」というのは どういうことだろう
青谷 木村草弥

寺のきざはしに腰をおろす老人二人彼岸此岸の風に吹かれて無言
岡谷 土橋妙子

さり気なく肩を寄せてくるひとは爽やかな千草の匂がする
横浜 上平正一

正午過ぎの不思議な光景 帰る生徒と登校する生徒が交差している
京都 岸本和子

大気が瘴気に満ちている みんながマスクを着けている
山梨三郷 岩下善啓

朝起きる猫の仔来たり転がって「撫でていいよ」と声が聞こえる
神戸 粟島遥

コロナ休校だ 今宵も親子でパタパタ縄跳びの音する夕焼け小焼け
大阪 山﨑輝男

コロナ禍に逝きし友にも会えずして一夏(いちげ)過ごせど救いなきまま
東京 木下海龍

三キロを歩いて此の花確かめに 満開にはもう少し
岡谷 唯々野とみよ

ピカマチスの葉っぱをなでれば海越えて砂漠の粒が我が鉢植えについてをり
さいたま 清水哲

以前のように身体が動かない なかなか短歌もできない悲しさ
埼玉 赤坂友

助手席の母を横に久しぶりにハンドル握る ちょっと爽快
横浜 大野みのり