いのち(未来山脈2024年12月号より抜粋)

下諏訪 笠原真由美
この世にきてやっと半年すぎた凪を膝にのせてシューマンを弾く
ト長調そして次はへ長調 凪に聴かせる「こどもの情景」

岡谷 三枝弓子
田の畦を紅く染めて群れ咲く彼岸花 初めて見た奈良の旅
ヒマワリの花束とマスカットのケーキを持って孫娘祖父ちゃんもいたらという

埼玉 須藤ゆかり
お気に入りをそっと身につけ秋をゆく夏の波打ち際をなぞって
空はまだ夏を装おう風のなかの次の季節にまだ目を伏せて

坂城 宮原志津子
コロナ感染で五年間のブランク コーラス演奏会十一月三十日決定
メンバー二十七名~大切なこと音楽で伝えたい~テーマに練習かさねる

富田林 木村安夜子
いつもの座布団にゆったり眠る猫 昏れてゆく十月の空
夕暮れてゆく樹木の深い緑こうべを垂れる

横浜 酒本国武
五月の明るい光 本を片手に街を歩けば学生の頃を思い出す
空き地には河津桜の緋が溢れ時どきスマホで撮る人がいる

諏訪 河西巳恵子
猛暑生きのびる 鏡に向かい髪適宜に切れば私の出来上り
房総「濃溝の滝」の模写 ずっと額に飾られ秘かな自慢

横浜 上平正一
送り盆 線香だんだん細くなる山の奥で仏法僧が鳴いている
星も見えない空うれえをこめて雲を分けゆく今夜の羽田発七時五十分

飯田 中田多勢子
秋祭りの一番は大宮神社昼間は青天だったのに夕方からどしゃ降り
どしゃ降りの中でも神輿はきおう花火はバンバンバン大三国は中止

鳥取 小田みく

赤のかたまり ようやく咲いて 彼岸来たよと風にうたう
青木稲穂にすがりつく 真すぐに並ぶ ひがん花のおび

静岡 鈴木那智
紫のブドウ鮮やか撓みのる秋の味覚の旬は来たれる
鰯ぐも澄みきった空一面に緩る流れ行く心の安らぐ

大阪 花菜菜菜
鎌を持ち大地慈しみ五キロの米と一筆添えられ届いた
稲刈りのあとの田んぼにやれやれして足腰のため整骨院ゆくと

原 桜井貴美代
散歩の道中帽子をうっかり置き忘れ毎日捜す夫
「忘れ物です」とビニール袋に夫の帽子 角の家の垣根にそっと

原 太田則子
金色の稲穂をるコンバイン おこぼれ嬉しやカアカア
お彼岸におはぎを作る手仕事 小豆こんとこと餅米ふっくら

原 泉ののか
刺すような残暑の中で想いだす兄と遊んだ海辺の臭い
かわってゆく樹々の色ゆっくりゆっくり黄葉す

原 森樹ひかる
この夏ほったらかしの庭 草たちはみな自由に走り回る
草の中でひときわ輝く青い宝石 つゆくさの君と名づける

四條畷 高木邑子
懸賞金で賑わう土俵上イケメンの力士出世に大銀杏追いつかず
横綱不在でも活気溢れる土俵上客席にマスク顔もちらほらとなり

大阪 山崎輝男
臓器提供と書かれた免許証 事故死で散った甥の生命の短さよ
二十六歳で帰らぬ人となった甥 子供の頃の可愛さ目に浮かぶ

諏訪 宮坂夏枝
寒さも暑さも彼岸までは本当 朝の空気の清涼感あれほどの酷暑の後
断捨離トレーナー講習が終わりトレーナーインターンとなる

米子 大塚典子
入場行進する甲子園球児みて「男の孫が欲しい」とTVに語る
勝負はついても称えあっている高校球児 会話は私がつくる

大阪 加藤邦昭
七十四歳の誕生日の朝 カーテンを開ければ大阪環状線はもう動いている
妻は急用で昨夜から外泊 子供は東京 一人だけで迎える誕生日の朝

松山 三好春冥
父二十五回忌母三回忌 残暑の墓を清めに来ました
白い曼珠沙華の花ことば 恋愛でも情熱でも楽しみでもなく