いのち(未来山脈2025年6月号より抜粋)
- 2025年5月29日
- 会員の作品
下諏訪 笠原真由美
- この再会をわたしが引き寄せた 一周巡って理想の友だち
- だから感覚がすべてなんだよ触ってごらんスワロフスキーの髪飾り
湯河原 別府直之
- 新橋で久方ぶりの歌会が開催されることの嬉しさ
- 参加した歌人六人 諏訪からは日帰り参加の光本先生
諏訪 河西巳恵子
- 飴三個掌に「これ舐めて待っていてね」多美子さん吹雪の中買い物に
- こんなに食べられないと言った昼食を完食 職員さん皆腕利きのシェフ
米子 安田和子
- 家を建てて五十年近く私の身体と一緒であちこちガタがきだした
- 板壁の張り替えに始まり里帰りした娘に廊下がブワブワと指摘される
原 太田則子
- 小川の水音が増すころ岸辺にはハート型のすみれの葉
- 踏まれても踏まれても起き上がる草 形状記憶で生きている
原 桜井貴美代
- 夢うつつ一首出来たにんまり目覚めてメモを記憶はどこへ
- 曇り空みぞれが降る空 春が来るぞと暗くヒバリ
原 泉ののか
- 案内たよりに階段をのぼる 迎えてくれた沈丁花の香
- ヒールの音ひびく道をランドセルの子ら駆けおりてゆく
原 森樹ひかる
- 重い扉を開けてみる 次々いろんな扉が現われてきた
- こんどは思い切ってこちらの扉にしよう 未知の世界へ
青森 木村美映
- ずんだもんです漆黒のめたんですねえねえめたんなあにずんだもん?
- 眼鏡にはハズキルーベを重ね掛け尻に敷かれたい訳ではないが
松本 金井宏素
- 落葉松に春雪 梢に僅かな薄紅がさして祭の始まる儀式
- 苦手な冬がもったいないほど早く過ぎて 気づけば春の景色に満ちる
飯田 中田多勢子
- 昔住んでいた遠い平岡から近くの牛牧霊園に墓を移した二妹金田家
- 新幕地へ二妹夫婦三妹夫婦と私五人で揃って彼岸の入りにお参りに
仙台 狩野和紀
- 還暦となり募る淋しさは自業自得か芽吹き陽が差さないだけ
- 心なき一言のダメージの重さはキロで計って間に合うのか
岡谷 花岡カヲル
- 春一番庭先にスノードロップ小さな白い鈴をだいて外界をのぞく
- 木戸先の福寿草 寒のもどり雪の中でふるえている
岡谷 佐藤靜枝
- 春に亡くなった夫と妹福寿草は土の中で出番を待っている
- 今生きていたらと年を数える三歳違いの妹の祥月命日
大阪 山崎輝男
- 港(はま)を生きて半世紀 想い出話はつきず霧笛鳴る中夜が深ける
- タンカーの着桟速度は秒速八センチ「匠の技」語るパイロット
千曲 中村征子
- 行く度品は薄くなり厚くなる金額 千円札が百円に見える
- 「ヤショ旨かった」と釈迦 切り分けられたヤショウマのその後が気になる
埼玉 須藤ゆかり
- 冬のままの平原に吹く風の向き おでんの好み 変わったんだね
- 雪がまだ雲のかたちを保つから思いは思いのまま重くなる
奈良 木下忠彦
- 人生の終わりを考えよと脳梗塞の鉄槌 何をどう考えようか
- 頭は小賢しく考える 命が納得するのは人やこの世に何を残したか
一関 貝沼正子
- たっぷりと水をあげれば立ち上がる鉢のカラーはまだまだ元気
- プランターを退けての声は水仙か黄色の葉群わっとあふれる
京都 岸本和子
- たった一キロ南の地なれど鴨川デルタ 世間への出入り口
- 東に京大西に同志社青春の交差点 川風も弾んでいる
札幌 西沢賢造
- 小さき人を継ぐアレクシェーヴィチ「過去が未来か」と福島に立つ
- 避難指示の報に百二歳の男故郷喪失に自死する
近江八幡 芦田文代
- 目の前に新聞読む男がいる さい先良いな今日の電車
- スマホする娘の爪短くてほっとほっとの朝の電車
富田林 木村安夜子
- 文字忘れ言葉を忘れる日の近未来 ふと想う
- あの人はもう亡くなったよ ずっとあとから聞く訃報 ぽつんと一軒家
坂城 宮原志津子
- 雪も溶け池端にふきのとうの新芽が あれから二ヶ月も過ぎた
- マイコバクテリウム初めて知る感染症 傷口から侵入長びく治療
京都 毛利さち子
- 方向性のない会話繰り返してる 目の前の抹茶パフェほろ苦い
- みんなみんな過去になるのだ素敵な場面にはフラッシュを焚こう