右手左手(未来山脈第321号より抜粋)

誰かが押してくれている引っ張ってくれている 予想外の良いこと続き

下諏訪 須賀まさ子

近所の手作りパン屋さん 通る度芳ばしい香りが鼻をくすぐる
岡谷 花岡カヲル

現世ではもだえ苦しんで あの世でもそうだろうか この救えない魂は
東京 上村茗

あかつきのひるまぬ五年余り日本初 金星探査機惑星となる
諏訪 伊藤泰夫

一年間苦楽を共にマイ手帳分身のごと秘書のごとくに
北九州 大内美智子

全国的な暖冬師走の東北で赤トンボ飛び交う
東京 鷹倉健

立冬を過ぎ東京夏日 予報士殿上着をつけたいですよネ
千曲 中村征子

護国寺と毘沙門天に初参り新年の空は青く高く澄んでいる
水戸 及川かずえ

ぎこちない会話のあとのエレクトは素直になれた証しだろうか
青森 木村美映

日本の秋に良く似合う柿 富有柿 御所柿
琴浦 大谷陽子

碧々と波うつ諏訪の湖 白鳥の姿なく鴨の群れは岸辺で餌を啄む
岡谷 山田治子

鍬胼胝や鎌胼胝の節くれた手は愛しいこの手と生きた年月
諏訪 百瀬町子

苔待たず枯落ち葉に落ち椿 エルニーニョ現象
天理 坂井康子

ざくざく刻んでざくざく混ぜて野沢菜漬けを目立ち過ぎる鷹の爪
岡谷 金森綾子

さつま汁会 園児の手に吾が手を重ね大根のいちょう切り慎重に
岡谷 三澤隆子

山間の急坂半ばで息を継ぐ 日々暮らす人はそぞどんなにか
岡谷 柴宮みさ子

スルリと腕より失せた時計 まわり廻って届いた新宿バスターミナル
岡谷 横内静子

飛行機で三時間 地図上ではわからぬ小さな久米島に降り立つ
岡谷 武田幸子

命はめぐり母の亡き後三十日 曾孫の拓君が誕生する
岡谷 片倉嘉子

部屋の壁冷えまさり来て目覚めれば夜半の窓辺は雪あかりする
仙台 田草川利晃

真っ黒なカラスが飛び立つ姿 不吉なようなそうでないような
大阪 笠原マヒト

小さすぎるのも心配だけど大きすぎるのもね 子育てに奮闘
神戸 佐倉玲子

久々の陽ざしの中で窓辺に映る雀の姿
鳥取 小田みく

鹿沼さつきマラソンにも挑戦 そんな元気だった身体に何がおきた
鹿沼 田沼ゆかり

飛騨川の吊橋の白川橋は土木遺産ゆえそろりそろりと揺れる床しさ
各務原 加藤昇

宇宙がいくつもありお互い押し引き合い変動する
東京 中村千

暖冬に慣れた山陰地方 予想外の低温に独居では辛くのしかかる
米子 永井悦子

「失踪セヨ」と不意にささやく声がしてこの谷には僕しかいないのに
東京 金澤和剛

見渡せる諏訪の湖水の遠い空に霞んで富士の雪姿見る
岡谷 今井正文

昔の教会を覚えている人に記事を書くように依頼された九十三歳の私に
東京 保坂妙子

窓ガラス越しの光が部屋の奥まで差し込む ここまでおいで春
下諏訪 青木利子

消えてしまいそうな生きることの祈りのようなほのかな充実
札幌 西沢賢造

一つから身ふたつになって 舞い降りた天使の子
下諏訪 光本恵子