急行列車(未来山脈第338号より抜粋)

春を待たず久女はよみ路へ無常の風に鉄線花濃紫の露をこぼす
大阪 井口文子

ポップコーンを胸に砂浜を歩く 手紙の入った瓶を探しながら
松山 三好春冥

すべきこと明日にまわして読み耽る村上春樹の新作二巻
一関 貝沼正子

今ガラケーの充電中ガラケーのような私が添い寝する
箕輪 市川光男

死ぬってかんたんそう 冷めん作るとなりにどきんと立つ漂白剤
富田林 木村安夜子

山陰線に深緑色の車体 贅を尽くした豪華寝台列車現る
境港 永井悦子

教会の聖歌隊に入隊を許可される 六十六歳の新たなチャレンジ
大阪 加藤邦明

バス停の平均台めく車止めの上 危うさと至難の業の乗降は
諏訪 河西巳恵子

「飢えて死んでく人がいる」俺はいま何をしているのだ
木曽 古田鏡三

朝を夕べを夜もまた来る苗代田に何するとなく来れば安らぐ
富丘 毛涯潤

男の孫が夫婦ご飯茶碗 夫婦箸が入っている箱を持って来た
飯田 中田多勢子

青葉のころ大阪発の新幹線「さくら」で 九州福岡へ家族旅行
大阪 與島俊彦

庭で越冬した大根に花 凍みを耐えてはればれと
岡谷 唯々野とみよ

目を閉じそこはかとなく何でも行われていて終わりそうもない
千住 中村千

大地を鷲づかみせよ この両足揺れて真中がないんだから
千曲 中村征子

信濃より届いた歌人の姉の歌集 思いあたること多く涙にじむ
鳥取 小田みく

築十年の壁面メンテナンス見た目変わっていない 損した気分
米子 角田次代

メタンガスが燃えていたゴミの島 今は無数のユリの香 船影を追う
大阪 山崎輝男

石礫を上手く躱せるようになったその子の演技を誇らしく見る
下諏訪 中西まさこ

明通寺若狭一だよ国宝が 杉葉の香り五月の晴れ間
小浜 川嶋和雄

声が出ない「まさかの出来事」鼻からカメラを入れられる
天理 坂井康子

真夏日のメセタに佇てば残像は狂女ファナの貌をしている
青森 木村美映

母の日に貰った向日葵の黄色いその丸に病む夫の顔を重ねる哀しみ
大阪 高木邑子

猫を飼ったらくるみ。犬だったらスウとつけましょうねと君と笑う
長野 岩下元啓

壊れた体重計を放置したまま 二年の長い現実逃避
諏訪 大野良恵

今日はどうなるのだろう 目の前の緑茶は答えてくれない
つくば 辻倶歓

家の中に入り込んでいる蟻はきっと死ぬまで歩きつづけるだろう
茨城 赤木恵

ゆうぐれに滲んだ紅のふくらみが風に吹かれて夜の訪問者になれ
横浜 上平正一

戦争前の空気がただようこの道は何時か来た道怖い道
東京 保坂妙子

語り続けて三十年「星は見ている」原爆忌コンサート練習中
米子 笹鹿啓子

娘題二子の出産を控え東京から兵庫へ行ってしまった夫の転勤で
岡谷 武井美紀子

いつか逢ったら話したいこと溜めたまま 湖面の残照にひとり
諏訪 関アツ子