根岸芳郎の世界に浸る

2018年度5月5日、根岸芳郎展「色彩浴の森へ」が開かれている原村の八ヶ岳美術館を訪ねる。
私が信州に住み始めるとき、1980年ごろのこと、根岸芳郎のアトリエに出かけていった。根岸は、ボストンの美術学校から帰国した時であった。自ら画材を鋸と金槌で作り、広いアトリエで汗を流しながらで赤や青のアクリル絵の具をバケツで上から流したり、箒のようなものを振ったりしていた。そこには絵というより形のない淡淡とした幻想的な空間世界が広がっていた。

色白の美しい顔立ちは同じだが、昔のがっちりした青年は今初老の口ひげをはやしほっそりした風貌の七十歳になるという画伯・根岸芳郎がそこにはいた。
紛れもなく四十五年という月日が経ったのかとおもう。
しかし彼の絵の本質は若いころも今も変わらない、同じである。その変わらぬ方法で絵を求め続けている根性にただものではない根岸を改めて感じる。
風姿花伝の「幽玄の位」と、「たけたる位」を考えたのである。もともと生まれながら持っている絵心と其れをさらに深めてゆく精神力。根岸はそれを両方供えている画家ではなかろうか、と思ったことである。
まるでそれは僧侶か聖職者のような一つのことを追い求める純粋な精神を私は感じた。
一緒に美術館に行った夫曰く
「あんな売れるのか売れないのか、よく解らないような絵をよく何年も描き続けたね。五十年も」と。
彼は結婚もしていないという。

根岸芳郎の絵をみてうたう、光本恵子

・赤黄むらさき あわわ胸にとろけてもうろうと夢のなか

・色彩の濃淡と光と影に勝負して四十五年 変わらず求め続ける深層の闇

・画布に向かう様相は僧侶か哲学者か 飽きず描き続ける深遠のひかり

・煌く青 抑制された赤 絹のヴェールに包まれて居心地の良い空間