エッセイ
光本惠子のエッセイ
石塚多恵子歌集から学ぶ佐渡のこと
- 2020年2月4日
- エッセイ
今回は石塚多恵子歌集『篝火』について記したい。この歌集は新潟の歌人クラブで入賞した歌集である。選に入った理由をのべるために、11月24日には、新潟市に行ってきた。
石塚多恵子歌集『篝火(かがりび)』より。
・薪能の篝火さかる大膳社くらがりは野の奥にひろがる
・北前船泊てし宿根木潤の岩に船つなぎたる石柱いくつ
・金山の名残の官舎廃屋となりてなづさふ京町の坂
・鳥追ひの唄に追はれて来しといふ朱鷺は滅びゆく吾が住む佐渡に
・凍る海へ落ちゆく赤き日論に光る涅槃図見しはまぼろし
小倉百人一首と和泉式部 ――歌かるた――
- 2020年1月7日
- エッセイ
私の住む諏訪周辺には平安時代の歌人・和泉式部(いずみしきぶ)を偲ぶ遺跡がのこる。
諏訪の高島城主の墓がある温泉寺には和泉式部の墓もある。さらには、鎌倉街道沿いの下諏訪町の来迎寺の境内には和泉式部の銕焼地蔵尊像(てつやきじぞうそんぞう)がある。これは京都から時頼が担いできたと伝わる像である。その横には和泉式部の歌碑がある。
・あらざらんこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢うこともがな
(わたしはこの世にいるもの、あとわずかでしょう。せめてあの世への思い出にあなたにもう一度お会いしたい) (さらに…)
島村抱月と松井須磨子
- 2019年11月12日
- エッセイ
長野県松代に松井須磨子の墓がある。先日お墓参りしたので、島村抱月と須磨子について書くこととする。
島村抱月は明治4年(1871)に島根県浜田市の近くの金城町に生まれた。隣の県の鳥取県で生まれたわたしは抱月のことを身近に感じていた。抱月、その妻・市子夫人と抱月の恋の相手松井須磨子は長野県松代の人である。 (さらに…)
「未来山脈」70周年記念号「視点」特集・・・木村草弥
- 2019年11月11日
- エッセイ
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草弥の詩作品<草の領域>
poetic, or not poetic,
that is the question. me free !
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──「未来山脈」掲載作品──(特集)
「未来山脈」70周年記念号「視点」特集・・・・・・木村草弥
・・・・・・2019/11/08刊・・・・・・・
この特集号には、過去に「未来山脈」誌の「視点」欄に載せられた文章が、まとめて掲載されている。
私が2000年10月号に執筆したものも収録されている。 ↓
口語短歌の未来──「短歌現代」新人賞をめぐって──木村草弥 (さらに…)
今年も盆が来た
- 2019年10月1日
- エッセイ
花見潟墓地の石燈籠について
わたしの育った鳥取県東伯郡琴浦町赤碕には海辺に約二万の墓が東西約350メートルに渡って立ち並ぶ。各墓地にはそれぞれ石燈籠が並び、盆の前に、燈籠に和紙を張り付けたり、灯をともす準備で大忙し。いよいよ盆になると、その燈籠に灯が着く。育った稼業は盆と正月はとくべつ忙しい料理屋。8月13日の夕方には迎え火を炊くのである。父母には忙しい時期なので夕方には墓参りのできる祖母と子供が石蝋燭に灯をともす役目。燈籠の灯が海風で消えてしまわぬように、四隅を和紙で留め、一方だけ長く延びた和紙を石で押さえる。それを済ませて、オガラ(麻の茎か)に灯をつけて「迷わないで来てください・こなかあれござれ」と声を出しながら火の粉を墓石の頭に降りかける。 (さらに…)
「いのち」の自由律(朝日新聞 うたをよむ より)
2019年9月15日
朝日新聞 俳壇 歌壇
うたをよむ 「いのち」の自由律 光本恵子
うたは喜びであり、生きることそのものだ。「いのち」と言っていい。美しくなくてもいい。醜いものは醜いまま自由に何でも短歌にする。五七五七七の定型からはみだしてもいいのだ。わたしたちの結社は、普段使っている誰にもわかる易しいことばで自在に詠んでいる。 (さらに…)
信州ゆかりの歌人たち
- 2019年9月2日
- エッセイ
2019年7月20日、日本歌人クラブ(会長・三枝昂之)主催の「第20回現代短歌セミナー松本」が松本市アルピコプラザホテルで開催された。テーマは「信州ゆかりの歌人たち」を現代の歌人5名で語る。会場には東京、千葉、横浜、姫路など遠くから、また、信州の飯田、長野、飯山とあちこちから集まった歌人や観衆170名の人で熱気溢れる会場である。
長野県代表幹事である山村泰彦(松本市)の開会宣言とともに始まった。 (さらに…)
齋藤史のうた -歌集『うたのゆくへ』と『密閉部落』から-
- 2019年8月1日
- エッセイ
齋藤史のうた -歌集『うたのゆくへ』と『密閉部落』から- 2019年7月30日
この二冊の歌集は昭和二十年、東京が焼け野原になった齋藤家は先祖の墓がある信州に疎開して、そのまま信州の人となった。史の父・齋藤瀏は軍人でありその一人っ子で育つ。それだけに時には男の勇姿も女の優雅と華やかさの両面を求められて育つ。戦後のものの無い時代の信州に、東京から来たときの侘しい思いは強い。史の上から目線も気になる。 (さらに…)
齋籐史のうた -第十一歌集『風翩翻以後』から-
- 2019年7月3日
- エッセイ
齋籐史は第十一歌集『風翩翻』の出版の後、平成十四年四月二十六日に他界した。その後、『風翩翻以後』(現代女流短歌全集68、短歌新聞社刊)が息子・斉藤宣彦によって出版された。これには光本も現代女流短歌全集7として参加している。
・わが手より放ちたるもの鳩の雛・熱気球・いま黄なるかまきり
・つねに何処かに火の匂ひするこの星に水打つごときこほろぎの声
・堂々と今年も赤き実をつけし渋柿はわが亡きのち伐らるべし
また史は「原型」平成十三年十一月号に次のように書いている。 (さらに…)
