エッセイ

光本惠子のエッセイ

連作の効用

連作の効用

ひとつのテーマで十作作ってみる、 なにか物事 ははっきり見えてくるではないか。 このような短歌の作り方を連作という。 花を見ても鳥に接しても、一首で思いを盛り込もうとすると、あれも入れたい是も入れたいと、何を歌おうとしているのかわからない。具沢山の吸い物のように、何が何だかわからない味になってしまう。いま目にしている写生を十枚の絵に描いてみるように、 丁寧に一首ずつ短歌に詠んでみる。 さてどうなるか。一首一首が引き締まった作品の上、さらに十首を詠み終えた時の満足感はなかなかいいものだ。 鳥の飛ぶ姿、花の可憐でそれでいてしっとり咲く花のちから。初めて、対象があぶり出されてくるのではないか。
風景ばかりではなく、対象が「人聞」についても連作の効用は大きい。次に人問、宮崎を詠んだ作を記す。 (さらに…)

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短歌の作り方 具体と抽象 言葉の選択

短歌を作る場合、歌にしようとする対象を、物や人の動きをよく観察して、自分の感情は抑え、出来るだけ客観的にものを見つめることを大事にしようとする詠み方がある。他方、自分の気持ちや心の動きを考え、常識とはかけ離れて自分の心の動きを一番に、自分の感じた心のうちや思いを大切にする。自分独自の表現―これを抽象的、あるいは心象風景ともいえる。しかし現実のうたは具象と抽象は互いに相よりそい混然として一首となす、具現と抽象入り混じっている場合がおおい。ともかく、口語自由律短歌は、誰にもわかる言葉で、そこには「詩的」精神があり、無駄な言葉はそぎ落とし、冗漫にならないようにしたい。たとえば、枯葉や木の実、干し柿などの歌に、さらに、最後の締めくくりに「秋の空」とする。これでは季節も興ざめである。 (さらに…)

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短歌の作り方

対象を絞ること、対象をよく見ること

対象をあるがままに見ること。あの人が言うからとか、この花は誰もがこう思うから、ではなく、私はどう感じるか。私の眼で見て感じたことが大事である。内なる感情に対しても同様である。本を読み、辞書を見て、ラジオを聴く。同じ庭の花もじっくり見ているといつもと異なって見えてくる。
言葉に出して自分の感情や具体的な花の思いなどを表現するとき、比ゆを使って自分の気持ちを表現することもあってよい。
ともかく感じたことを紙面や画面に吐き出してみよう。字数など考えないで、ともかく吐き出す。活字に表現してみる。そのあとじっくり考える。長すぎたところは三十字前後に。気持ちがダブる言葉は簡潔に。それが名詞も、修飾することば形容詞や副詞もダブっていないか、その修飾語はもっとふさわしい単語があるのではないか、音数を考えながら、別な単語を当ててみる。韻律はリズムはよいか。
数日して、その歌をさらに読み直してみる。そして完成する一首。 (さらに…)

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好きなキノコ

好きなキノコ

次の日は黒部ダムに行く予定であった。「明日は雨だから傘も入れて」と夫は告げ、私は折りたたみ傘も入れて二つリュックを用意した。
その日は突然やってきた。夫の垣内敏廣が亡くなる。 (さらに…)

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短歌であるために

短歌性を考える。

昭和十年前後、口語の自由な短歌は多くの人が模索して作った。主な見解をここに綴る。

昭和六十年に諏訪で講演した時の宮崎信義の「口語自由短歌の手引き」を参考に記してみよう。 (さらに…)

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科学と短歌――シュールなうた――

関西の永田和宏や、関東の坂井修一は科学者であり歌人である。

文学といえども、科学的とまで言わずとも、合理的か、理屈に合っているかは歌つくりには大切なことである。

短歌の中で、飛躍として、ことばと言葉の間に時間的空間とか、変化を求める、読み手の空想を駆り立てるなどの短歌手法を使うことがある。シュールな歌ともいえよう。そこには様々の想像を掻き立てる深さと面白さがある。宮崎信義と永田和宏の歌を見ていく。 (さらに…)

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短歌の発酵を待つ

9月号のために十首歌を作らなければならない。ああどうしよう。
まず8月号の短歌雑誌を受け取った時、パラパラと雑誌をめくってみる。ああこんな歌もあるなあ。これなら私にだって作れそう。その歌を書き留めてみる。真似は「まなぶ」の始まり。
散歩に出かける。石ころに当たって転びそうになる。転んだ顔の先にコンクリ―トの隙間から名も知らぬ小さな黄色の花が咲いている。こんなところでも生きよう、咲こうと首を伸ばしている花の芽に驚く。転んでもただでは起きない。あの家の前にはバラの花の根元で犬が吠えていた。帰宅するとそのことを紙に書きとめる。これが歌作りの一歩である。 (さらに…)

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宮崎信義の歌からまなぶ

・本の始末はしておかないと死ぬにも死ねぬと思いながら渉らぬ
(宮崎信義歌集「山や野や川」より)
宮崎信義歌集『山や野や川』は平成17年10月にながらみ書房から出版した。宮崎93歳の時である。この歌集にある短歌である。これは平成14年(2002)の90歳の作。この年宮崎は、光本に「新短歌」を譲り「未来山脈」と合併した。それは生涯最後の時を、整理したいと思ってのことであったろう。何時その時が来てもおかしくない年齢になっていた。準備としては、このたくさんの書籍をどうするか。毎日毎日そのことが気になりながら、なかなか整理できないでいた。なにぶん書籍というのは重い。それより先にやらねばならぬことがあった。今まで作った短歌を本にまとめることである。実際、光本に歌誌の発刊を委ねてからの仕事ぶりはすさまじかった。 (さらに…)

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短歌の音数

・ゆすぶってやれゆすぶってやれ木だって人間だって青い風が好きだ
宮崎信義のうた(第四歌集『急行列車』から)

ゆすぶってやれ/ゆすぶってやれ/木だって/人間だって/青い風が/好きだ
6音+6音+4音+7音+6音+3音(32音)

この短歌の音律を考えるとき、定型律(五七五七七)とはかなり異なるのだが、立派に一つのまとまり、すなわちリズムをもっていることがわかる。舌の上に乗せて短歌を口ずさんでみよう。 (さらに…)

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スペイン風邪と松井須磨子 

『カチューシャの唄』  (抱月作詞・中山晋平作曲)

  • カチューシャかわいや わかれのつらさせめて淡雪 とけぬ間と神に願いを(ララ)かけましょうか
  • カチューシャかわいや わかれのつらさ今宵ひと夜に 降る雪のあすは野山の(ララ)路かくせ
  • カチューシャかわいや わかれのつらさせめて又逢う それまでは同じ姿で(ララ)いてたもれ
  • カチューシャかわいや わかれのつらさつらいわかれの 涙のひまに風は野を吹く(ララ)日はくれる
  • カチューシャかわいや わかれのつらさひろい野原を とぼとぼと独り出て行く(ララ)あすの旅

(さらに…)

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