エッセイ
光本惠子のエッセイ
梓志乃のうた『阿修羅幻想』から
- 2023年2月1日
- エッセイ
志乃のうた「阿修羅幻想」から
志乃のうた
・祭りばやしにさそわれて燃える夕陽 遠い日の父の肩ぐるまのなつかしさ
・愛憎と云えるものすでに遠く 愛の彼方 雪はしんしんとただ降りつもる
・少年は老いた私の内で育たなかった愛は春の嵐に拭き散らす
・たんぽぽの綿毛風に乗る 永遠の命への旅 空の青さどこまでの
・夏がかくれんぼの愛をさらう 秋風の中 いつまでもひとりぼっち
・茶房の夜の深さに珈琲をひく ひたすらに香り立つ珈琲を
・醒めてゆく眠りの中 漠として捕え様もなく冬のむこうに私が居る
(歌集「阿修羅幻想」より)
「桑原政昭作品集!」 を読み味わう
- 2022年12月2日
- エッセイ
「桑原政昭作品集!」 を読み味わう
光本恵子
ポエトピア社刊 一九七五年発行
・ほろ酔いで帰ったアパートに 大学にいかなかった友からの手紙がまっていた
・真白なシナリオを小脇にかかえて灯の敷きつめられた街をでる
・フィットワークささえる祝日 積みあげた夢を人形の街にはなそう
・ピアノの愛撫をしたら待ちくたびれた週末のひとりぼっち
・耐えるよりないのか 凍り尽きつきそうな私 夜明けたぐる刻がつづく
・のしかかってくる断崖をも砕く果実をむさぼる少年の背中
・乾ききったトランペット港になりひびき わたしは青春のまんなかに降りる
・ジーンズを穿きかえどうにもならない暑さと連れだって街をゆく
・もえろ 燃えろ 故郷の夕焼け ガイド・ブックもたない僕を飾れ (さらに…)
宮崎信義歌集『地に長く』を読み味わう
- 2022年10月31日
- エッセイ
「地に長く」は短歌新聞社刊平成八年の発行。宮崎の第九歌集である。
年齢も七十代から八十代にかけての作品。
わたしもその年になった。それだけに気になる歌集である。
・あの娘は昭和四十五年生まれ私は明治四十五年生まれ私は明治四十五年生
明治四十五年で終わり、昭和は六十四年まであった。二つの年の四十五年は気になるところである宮崎の生まれた明治四十五年は石川啄木の亡くなった年でもある。昭和は長く続いた。
・この桜あと何年見られるかわたしが逝くのはいつ 頃だろう
この歌は七十七歳の頃の歌である。桜の花に感慨深く、「あと何年見れるだろう」「私が逝くのは」などと考える年であったのか。実際の宮崎は九十六年と十ヵ月生きて逝った。 (さらに…)
原 三千代のうた
- 2022年10月1日
- エッセイ
三十年も前のこと。私は青森で賞を受けたことがあった。その折、原三千代さんにお会いした。
七十代の美千代さんは青森市の学校に勤務しておられた。着物姿の美千代さんと、夫で歌人の川崎奥羽男氏のお二人が食事の席にきてくださった。そこで出されたお吸い物のなかで「じゅんさい」が泳いでいた。「まあ、原三千代さんはじゅんさいのような方ね」と私は叫んでいた。着物の下の白いたび、その足もとのなんと楚々としていることか、小さな顔を支える首筋も白い足首も長く伸びて、すっとしたままの原三千代さんは今にも消えてしまうかのように痩せて色白で少女のように夫に齊藤喜和子さんに何かわがままを言っていた。
『一九三七年版新短歌』の“くらげの歌”二十一首のなかから (さらに…)
前田夕暮歌集「原生林」から
- 2022年8月31日
- エッセイ
宮崎信義は前田夕暮に弟子入りしたのが昭和6年のころ。
そこで今回は、夕暮の歌について触れたい。
前田夕暮の歌集として「原生林」は大正十四年十月三日に改造社から発行。さらに昭和四年に改造文庫第二部として改造社から出版され筆者が持っているのは昭和四年のものである。これは定価三十銭。 (さらに…)
口語短歌の歴史
- 2022年7月1日
- エッセイ
一・江戸時代
※小沢蘆庵と上田秋成
・君のため木曽の山雪わけてまたいぬらむか木曽の山道
(小沢蘆庵『六帖詠草』から)
・霞立つながき春日を子供らと毛鞠つきつつこの日くらしつ
(良寛『蓮の露』から)
・おもふ人こんというまに梅の花けさの嵐に散初めけり
(上田秋成『つづら文』から)
近世には、短歌にもさまざまな論が起こるのであるが、終りの藩士であった小沢蘆庵(一七二三~一八〇一年)は「古今和歌集」の序に「ただごと歌」とあることから、歌の自然体、日常詠を主張した。
上田秋成(一七三四=一八〇九年)はどうか。秋成といえば、和歌というより怪奇小説『雨月物語』『春雨物語』の白話小説で名高い。晩年に著した『胆大小心録』という小説、随想集の多い秋成ではあるが、口語発想の短歌も詠んだ。 (さらに…)
豊穣の風景
- 2022年6月1日
- エッセイ
豊穣の風景
笠原 真由美
学校は海に近かったので敷地全体が細かい白い砂でおおわれていました。公邸の真ん中あたりにきれいな竹林があって、下には小川が流れていました。竹の葉がさやさやと鳴る川の水はまるでとけたガラスのように透明で、その清らかな水のなかを小さな魚が群れをなして泳いでいました。
いきなり引用から入ったが、これはスリランカ生まれの児童文学者シビル・ウェッタシンハが自身の子供時代を綴った本だ。鮮やかな記憶が詩的な文章で描かれ、素朴で少し不思議な雰囲気を漂わせる挿絵も魅力的だ。一度読み始めると、その風景の中に引き込まれ、時を忘れる。
小さな村の慎ましやかで豊かな暮らし。
母は夜明けとともに起きました。一番先にするのは家中の窓という窓、戸という戸を開け放つことです。
豊穣の女神が
わが家に訪れるとき
われらは清潔をもって
女神に平和をささげまつる
なんと清々しく、厳粛な朝のはじまりだろう。
台所の扉は庭に向かって開いていました。庭はいつもきれいに掃いてありました。
庭には大きなライムの木があり、たわわに実がなる。ここでは誰もバタバタ急ぐことをしない。
アッタンマーは木陰にすわり、髪を風になびかせながら周りの景色をながめるのが好きでした。
月夜の晩、村は息をのむばかりに美しく、その銀色の世界を家々は扉を開けて迎え入れる。
世界の美しさは、すでに在る。この世の喜びは、いまここに在る。それを受けとる心に幼い日の純度があれば、日常のすべては「詩」になる。
わたしのなかにある子どもが、わたしの道をみちびく光でありつづけたのです。
『わたしのなかの子ども』(福音館書店)。
元図書館員の私が、「かつて子どもだった」すべての大人たちに薦めたい一冊である。
映画ドライブ・マイ・カーを観る
- 2022年5月2日
- エッセイ
どうしても読みたい本があるように、観ておかねばならないと思う映画がある。
映画「ドライブ・マイ・カー」はそんな作品だ。長編映画米アカデミー賞を取った映画である。村上春樹の同名短編小説と他の作品「女のいない男たち」「木野」「シェエラード」という二編の要素も取りいれて、作品は出来上がっている。劇中劇でチェーホフの戯曲「ワーニャ叔父さん」が作中劇となっている。絶望に耐えて生きていかなければならない人たちの姿を描き出す。チェーホフの作品がカギとなって描かれる。愛していた妻を失った禍福(西島秀俊)と、そのみさきという名の運転手役(三浦透子)の演技が自然体。芝居をしているという感じではなくて。そう、自然体がいい。 (さらに…)